ちょっと裏通り、裏道に入ると、そこは車も少なく、歩行者もまばらな、静寂の環境だったりすることが多い。私は個人的にはそのようなところに都市の一面の素顔があるのではないかと思っている。読書で言えば、行間を読むという感覚だろうか。日本の現代詩人の中で類稀なポピュラリティを獲得した人である、谷川俊太郎の詩集『そのほかに』(集英社)の中には、「東京抒情」という一篇があるが、その詩はこのようなフレーズから始まっている。
[参考情報]
東洋ホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad327476/
京王プレッソイン大手町 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad386551/
名鉄イン名古屋金山 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad300820/
つまりこの「東京抒情」では、東京という都市の持つ表情を、あまり感情をまじえない告調のリフレインに載せて歌い、その背後に見えそうで見えない都市のおぼろげな全体像が感じられるという構造になっている。第1連の3行目のように各連にコメントもあるが、むしろそれよりも、どこそこで何かが起こり続けている、というモードの変奏のほうがはるかに強い喚起力を持っている。寸評はむしろそれを意識させるための合いの手であろう。いやまた脱線して寄り道してしまった。